研究テーマおよび業務
- 研究用原子炉JRR-3における中性子小角散乱装置 (SANS-J、PNO)、中性子応力測定装置(RESA)、中性子イメージング装置(TNRF、CNRF)及び即発γ線分析装置 (PGA) の高度化と施設供用
- 核偏極試料と偏極中性子を用いた多成分複合材料の構造研究
- 中性子散乱法による複雑液体・高分子材料の階層構造と機能発現の研究
- 中性子非弾性散乱による生体関連物質の構造とダイナミクスの研究
- 中性子・X線小角散乱法などを用いた金属・鉄鋼材料のナノ構造研究
- 中性子線及び放射光を利用した工学材料のひずみ・応力測定技術の開発と応用
- 中性子線及び放射光を利用したミクロ組織因子の定量評価技術の開発と応用
- 中性子イメージングによる材料内部観察からの材料開発、評価
- 鉄筋コンクリート付着強度特性に関する研究
- 核種・元素分析技術の開発
- 隕石等、宇宙創成に関する研究
グループリーダー
菖蒲 敬久
研究内容
階層構造研究グループでは、中性子散乱・回折法、イメージング技術、放射光分析技術を用いることで、原子レベルからマイクロメートルに渡る幅広い空間スケールの物質構造(階層構造)とそのダイナミクスを明らかにする研究に取り組んでいます。物質の階層構造を知ることは、それぞれの物質が示す特徴や機能発現のメカニズムを本質的に理解することに繋がるため、基礎・応用研究を問わず様々な場面でその重要性が高まっています。グループでは、研究用原子炉JRR-3に設置される中性子小角散乱装置(SANS-J(詳細情報)・PNO(詳細情報))、中性子ラジオグラフィ装置(TNRF(詳細情報), CNRF(詳細情報))、即発γ線分析装置(PGA(詳細情報))、中性子応力測定装置(RESA(詳細情報))を中核にして、国内外の中性子・放射光施設を利用することで高分子、溶液、生体試料、鉄鋼材料、無機材料、磁性材料、燃料電池、核燃料物質等に関する研究を行っています。また、施設供用を通じて多くの大学、企業との連携・共同研究を展開しています。
グループメンバー
氏名 | 役職 | 担当装置 | 専門分野 | |
---|---|---|---|---|
菖蒲 敬久 | グループリーダー | JRR-3 RESA, SPring-8 BL22XU 応力・イメージング装置 | 材料強度学 | |
元川 竜平 | マネージャー | JRR-3 SANS-J, PNO | 溶液科学、液体・不規則物質、原子力科学、中性子小角散乱 | |
熊田 高之 | 研究主幹 | JRR-3 SANS-J, PNO | 光・放射線化学、磁気共鳴、中性子小角散乱・反射率 | |
大澤 崇人 | 研究主幹 | JRR-3 PGA | 宇宙・地球科学、即発γ線分析、ミュオン測定 | |
中川 洋 | 研究主幹 | JRR-3 SANS-J | 構造生物学、中性子・X線小角散乱、中性子非弾性・準弾性散乱 | |
徐 平光 | 研究副主幹 | JRR-3 RESA | 材料評価、中性子回折、集合組織、応力測定 | |
諸岡 聡 | 研究副主幹(兼務) | JRR-3 RESA | 金属物性、応力解析、中性子回折、X線回折、電子線回折 | |
関根 由莉奈 | 研究主幹(兼務) | JRR-3 SANS-J | 高分子、材料科学、中性子・X線小角散乱、回折 | |
杉田 剛 | 研究系職員 | JRR-3 SANS-J, PNO | 光触媒 | |
上田 祐生 | 研究系職員 | JRR-3 SANS-J | 溶液化学、有機合成化学、中性子・X線小角散乱、中性子反射率 | |
栗田 圭輔 | 研究系職員 | JRR-3 TNRF, CNRF | 放射線イメージング | |
原山 勲 | 研究系職員 | JRR-3 TNRF, CNRF | 放射線イメージング、イオンビーム分析 | |
Cyril Micheau | 研究系職員 | JRR-3 SANS-J | コロイド科学、複雑液体、分離、化学X 線・中性子小角散乱 | |
中部 倫太郎 | 研究系職員 | JRR-3 SANS-J | 中性子小角散乱、中性子・原子核偏極 | |
柴山 由樹 | 博士研究員 | 鉄鋼材料、水素脆化、破壊 | ||
邱 奕寰 | 博士研究員 |
論文について
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装置 | 手法開発 | 素材
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加工
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エレクトロニクス
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触媒
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REAS(応力) | 2, 1 | ||||||
TNRF・CNRF (イメージング) |
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SANS・PNO (小角散乱) |
⑥, 5, 4, 3, 2, 1 | ⑥, ⑤, 4, 3, 2, 1 | |||||
PGA(γ線測定) | 1 | ④ ③ ② ① | |||||
その他中性子利用 | 1 | 1 | |||||
SPring-8 | 2, 1 | 1 | |||||
その他 | 1 | ⑦, ⑥, (5), ④, 3, 2, 1 |
中性子準弾性散乱による炊飯米の分子ダイナミクスによる老化の影響
澱粉の老化は結晶化度の変化や食感などのマクロな物性に変化をもたらす。一般に、粘弾性特性の変化はミクロには分子の運動性と直接関係するため、澱粉の結晶化度と分子運動性の関係性の解明は、老化に伴う食感の変化のメカニズムの理解につながる。本研究では、中性子準弾性散乱(QENS)を用いて炊飯澱粉の老化に伴う分子ダイナミクスの変化を調べた結果、老化に伴い分子ダイナミクスが空間的に抑制されることが示された。また老化による分子ダイナミクスの変化はX線回折で評価される結晶化度の変化と相関があることが分かった。 Hirata et al., Food Hydrocolloids, 141, 108728 (2023).
光触媒反応によるヨウ素化学種の統一に関する研究
環境水中に放出された放射性ヨウ素の除去は、煩雑でコストがかかる。これは、ヨウ素(I)が様々な化学形態をとるためである。本研究では、水中のヨウ素種除去の簡略化およびコスト低減を目的とし、光触媒反応によるヨウ素種の統一処理を検討した。ヨウ化物イオン(I−)とヨウ素酸イオン(IO3-)の混合溶液は、pH 12以上でPt担持アナターゼ型TiO2にUV照射することでIO3-に統一された。一方、pH 9–10でPt担持アナターゼ/ルチル混相TiO2にUV照射するとI−に統一された。また、TiO2の結晶相に関係なく、アルカリ性条件下で、o-ヨード安息香酸中のヨウ素は I−に無機化された。本法は光触媒と溶液pH の選択によってヨウ素種を任意の単一種に統一できることから、環境水中に放出された放射性ヨウ素の除去コスト低減が期待できる。 Sugita et al., J. Photochem. Photobiol, A, 438, 114548 (2023).
プラチナとパラジウムの相互分離のための新規イオン液体の開発
近年の世界的なカーボンニュートラルの潮流から廃電子機器などの二次資源からの白金族金属の分離・精製技術の向上が求められている。本研究では、プラチナ (Pt)とパラジウム (Pd) をpH変化のみで分離可能なウレア基を導入したイミダゾリウム型イオン液体(L1)を開発した。従来の有機溶媒–水抽出系におけるウレア型抽出剤では、PtとPdを同じpH 領域で抽出してしまい、相互分離ができなかった。それに対し、本研究で合成したL1 は、低pH領域ではPt選択性を、高pH領域ではPd選択性を示した。UV-visおよびEXAFSスペクトルによる解析から、L1 によるPt抽出では、外圏錯体が形成され、Pd抽出では内圏錯体が形成されていることが示された。さらに、従来の有機抽出系では第三相を生成するような高濃度のPt抽出後も、L1は第三相を生成することなくPtを抽出可能であった。 Ueda et al., Industrial & Engineering Chemistry Research, 61, 6640–6649 (2022).
フッ素原子の強力な疎水性を利用した溶媒抽出法の開発
炭化水素の水素原子をフッ素化させたフルオラス溶媒を利用して、従来の溶媒抽出法では不可能であった金属イオンの高い抽出能力を保持しつつ第三相を生成させない、新規フルオラス抽出系を開発した。脂肪族炭化水素を希釈剤に用いた従来の溶媒抽出法では、錯体の凝集現象による有機相の相分離(第三相の生成)が問題であったが、抜本的な解決策は開発されていなかった。それに対し、本研究で用いたフルオラス溶媒の強力な疎水性は、錯体の凝集を妨げることで第三相を生成させず、さらに、従来の抽出系よりも高い金属イオンに対する抽出能力を示した。本研究成果は、従来の溶媒抽出法では、経験的な対処しかなされていなかった第三相の生成という問題に対して、抜本的な解決策を示した。
Ueda et al., Solvent Extraction and Ion Exchange, 39, 491–511
(2021).
Ueda et al., Solvent Extraction and Ion Exchange, 37, 347–359 (2019).
マイクロマグネティクスに基づいた磁気小角散乱理論の一軸磁気異方性への拡張
磁性材料においてナノ・マイクロスケールで生じる磁化過程を理解するために、マイクロマグネティクスに基づいた磁気小角散乱理論の構築が進んでいる。従来の理論では、ランダム磁気異方性しか扱うことができず、適用できる磁性材料の範囲が限られてきた。本研究では、実用的な磁性材料でよく見られる一軸異方性を扱えるように、従来の理論を拡張した。これを、典型的な軟磁性材料であるVITROPERMと、巨大ひずみ加工を加えたニッケルに適用して解析することにより、磁気異方性の大きさを見積もることに成功した。 Zaporozhets et al., J. Appl. Cryst., 55, 592-600 (2022).
非干渉性中性子準弾性散乱によるバクテリアのガラス転移に対する水分活性の影響の解析
高分子のガラス転移とバクテリアの活性-不活性の転移は類似している。非干渉性中性子準弾性散乱測定では、分子の平均自乗変位を測定できる。本研究では、水分活性の異なるバクテリアの平均自乗変位を測定し、マクロな力学特性によって観測されるガラス転移との関係を解析し、水分活性に依存する転移と依存しない転移を特定した。この解析により、バクテリアの極限乾燥耐性の分子機構の一端を明らかにした。 Sogabe et al., Biophysical journal, 121, 3874-3882 (2022).
凍結架橋セルロースナノファイバーゲルの架橋反応過程における微細構造変化の研究
凍結架橋法はセルロースナノファイバーゲルの強度を飛躍的に向上させる手法である。本研究では、強度向上のメカニズムを明らかにするために凍結架橋反応過程における微細構造変化を調べた。カルボキシメチルセルロースナノファイバー(CMCF)凍結体にクエン酸溶液を添加して5分後にはファイバー由来の繊維構造が観察されたが、徐々に繊維が繋がっていき、12時間経過後には繊維が結合したリボン状構造が形成されていることを確認した。また、回折パターン及びSAXSスペクトルの結果はリボン状構造がセルロース結晶の(110)面に沿って配列したCMCFから構成されていることを示した。CMCFの凍結凝縮体にクエン酸を添加してpHを酸性に変化させて水素結合形成を促すことで、高い機械的強度を持つ配列構造が形成されることを明らかにした。 D. Miura, Y. Sekine, T. Nankawa, T. Sugita, Y. Oba, K. Hiroi, T. Ohzawa, Carbohydr. Polym. Techmol. Appl, 4, 100251 (2022).
高強度薄鋼板の水素脆化メカニズム
中性子透過率スペクトル解析による鉄鋼材料の変形挙動の研究
鉄鋼材料の中性子透過率スペクトルには、ブラッグエッジと呼ばれる特徴的なエッジ・ディップ状のパターンが観測される。ブラッグエッジは、中性子回折によって生じるものであり、試料の微細組織に関する情報を含んでいるため、近年ブラッグエッジの活用法が注目されている。本研究では、ブラッグエッジの解析により、結晶集合組織に関する情報を得る手法を開発した。また、圧延鋼板にこの手法を適用することにより、圧延による優先方位の発達を捉えることができた。 Oba et al., ISIJ International, 62, 173-178 (2022).
磁気小角散乱法を用いた強ひずみ加工により誘起された磁気ナノ構造の解明
シンプルな強磁性材料である鉄とニッケルにおいて、強ひずみ加工によりナノスケールの磁気構造が形成されることを、中性子小角散乱法により見出した。マイクロマグネティクスを用いた解析法を用いることにより、この磁気ナノ構造内部で磁気異方性が顕著に強化されていることを明らかにした。また、従来の磁性材料では無視されていた微小な振幅の磁化ゆらぎが、この磁気ナノ構造の発現に寄与していることが分かってきた。本研究では、これらの知見を、従来の磁性材料を超える磁化や透磁率を備える磁性材料の開発に活用することを目指す。 Oba et al., Physical Review Materials, 5, 084410 (2021). Bersweiler, et al., Physical Review Materials, 5, 044409 (2021). Oba et al., Physical Review Materials, 2, 033473 (2020).
ガラス固化技術の高度化に向けた中性子散乱研究
原子力施設等から生じる放射性廃棄物の処理技術確立は,原子力科学研究において不可避な研究開発課題の一つです。廃棄物のガラス固化による処理・処分の研究は長年継続されいますが、顕在化している問題として、ガラス化処理過程で現れる白金族金属化合物等の析出現象やイエローフェイズ(モリブデン酸塩を主成分とする結晶相)の発生が挙げられています。従来のガラス固化技術開発では、減容化、耐久・安定性、作製条件などの観点から最適化が進められてきましたが、今後、さらにガラス固化技術の高度化を進めるためには、材料の微視的構造を理解して、その知見を材料設計にフィードバックすることが求められます。本研究では、中性子回折、中性子小角散乱法および中性子イメージング法の利用を通じ、マルチスケールの構造の理解を進めています。中性子回折・中性子小角散乱法ではガラスのフレームワークや結晶化物の状態・ナノスケールの析出物や相分離現象にそれぞれ着目し、中性子イメージングではガラス内部のクラックやボイド、各元素の空間分布をマクロなスケールで観察します。これらの手法で得られた知見に放射光分析等で得られる構造・物性の情報を相補的に取り入れることで、ガラス固化技術の高度化に貢献することを目指しています。 Motokawa et al., Journal of Non-Crystalline Solids, 578, 121352-121358 (2022).
生体機能を制御する高分子の階層構造ダイナミクスを解明
マルチドメインタンパク質の柔軟な立体構造は、その生物学的機能に重要な役割を担っている。3つのドメインからなるタンパク質:MurD (47kDa) は、酵素反応において、ドメインのコンフォメーションをopen構造からsemi-closed構造、closed構造と順次変化させるが,各コンフォメーションにおけるドメインのダイナミクスは不明であった。本研究では、小角X線・中性子散乱法(SAXSおよびSANS)、動的光散乱法(DLS)、中性子背面散乱法(NBS)、中性子スピンエコー法(NSE)、および分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせて、MurDの対応する3つの状態(アポおよびATP、阻害剤結合状態)における構造とダイナミクスを検証した。その結果、アポの状態では、MurDはねじれのドメインモードと開閉のドメインモードの両方が存在するが、ATPが結合するとねじれドメイン運動が抑制され、阻害剤が結合した状態ではさらに開閉のドメインモードが抑制されることがわかった。これらの結果は、小角散乱法やMDシミュレーションで測定された構造変化と一致した。また、分子シミュレーションから、ドメイン運動と活性部位のアミノ酸の揺らぎが連動していることが分かった。このような酵素反応に伴うドメインダイナミクスの変化は、各反応状態に特異的に結合するリガンドとの親和性や反応効率に関係すると考えられる。 H. Nakagawa et al., Biophysical journal, 578, 120, 3341-3354 (2021).
廃棄豚骨を利用した高性能有害金属吸着材料の開発
ヒトの骨に蓄積され易く、比較的半減期の長い放射性ストロンチウムの広域拡散を防ぐため、高性能かつ安価で大量に生産可能な吸着剤の確立が必要とされている。そこで、ストロンチウムを蓄積し易い骨の性質に着目して、食品廃棄物として多量に排出される牛骨や豚骨を利用した吸着材料を開発した。本研究では、骨が重金属に対して高い吸着性能を発現するキーとなる要素が、骨の主成分であるアパタイトに含まれる炭酸であることを明らかにした。また、骨を炭酸塩に浸漬させることで高炭酸含有アパタイトを作製し、既存の天然吸着材料や未処理の骨よりも高い効率で、ストロンチウムやカドミウムなどの有害金属を吸着して取り除くことができる新しい吸着材料を開発することに成功した。炭酸アパタイトのSr2+に対する分配係数(Kd = 24,780 mL g-1)は、クリノプチロライトと未処理の骨の分配係数のそれぞれ約20倍と250倍であった。また、Sr2+に対して高い吸着容量(Qe = 125 mL g-1)を示した。X線吸収微細構造解析法により、炭酸アパタイトにおいて高い金属吸着性能に重要な役割を果たす吸着サイトが形成されていることを観察した。本研究で開発した炭酸アパタイトは放射性物質、有害金属の環境への拡散を防ぐ効果的な環境浄化材料として展開が期待出来る。 Sekine et al., J. Environmental Chemical Engineering, 54, 454-460 (2021).
水素の構造情報を抽出するスピンコントラスト変調中性子粉末結晶構造解析法の開発
中性子散乱のような波数軸に対する信号強度変化を得る測定法は、結晶のような高い周期対称性を持つ物質の構造解析をもっとも得意とする。しかしながら、これまでスピンコントラスト法は結晶構造解析とは無縁であった。なぜなら、結晶試料は成長時に偏極媒体となるフリーラジカルを析出してしまうため、核偏極させることはできないためである。それに対し、山形大のグループは微粒子化した結晶に対してニトロキシラジカルを溶解した非晶質溶媒を含浸させることで、結晶にフリーラジカルを疑似的に溶解した状態を作り核偏極させるメカニカルドーピング法の開発に成功した。我々は、山形大との共同を通じてスピンコントラスト結晶構造解析法の開発に取り組み良好な結果を得た。 Miura et al., J. Appl. Crystallogr., 54, 454-460 (2021).
凍らせて、混ぜて、溶かすだけ 高い強度と成型性を持つ新しいゲル材料を開発
異常分散X線小角散乱法を用いた放射線改質の研究
ステンレス鋼の放射線照射損傷の研究は、原子炉の経年劣化の評価および安全運転を保証する上で大変重要である。従来の顕微鏡法(STEM-EDS)を用いた評価方法では視野像が狭いため照射効果を定量的に決定するだけの統計精度が足りなかった。そこで我々は、ナノ構造変化を観測できる統計精度の高い異常分散X線小角散乱(ASAXS)装置を開発した。下図に示すように、Cr共鳴端近傍X線散乱から非共鳴X線散乱信号を差し引いたCr析出物由来の散乱信号(右図挿入図)は、イオンビーム照射前後に全く変化が見られなかった。このことは、本ステンレス材料(MA956)が原子炉内における高強度放射線照射環境においてもCr析出物が成長することも消失することもしていないことを示している。 Kumada et al., Journal of Nuclear Materials, 528, 151890 (2020).
複雑液体のつくる階層構造研究
水相と有機相の二相間での物質移動を利用する溶媒抽出の基礎研究や技術開発において、溶質分子がつくる構造を理解することは重要な課題の一つとして認識されている。これまでの研究では、錯体化学の知見を背景に1個の抽出錯体や抽出剤分子の構造・物性(局所的な溶液状態)を理解する取り組みが進められたことで、新規抽出剤開発に関連する多くの成果が挙げられてきた。その一方で、複数の錯体や抽出剤分子がつくる会合・凝集構造(長距離秩序)とその特性については、まだまだ理解が進んでいないのが現状である。化学実験室での日々の抽出操作において我々は、時折、溶液粘度の上昇や有機相の相分離、エマルションの生成、或いは、液–液界面での析出物の発生等の有り難くない現象を目の当たりにするが、これらの現象には溶質間の相互作用によるナノスケールの会合・凝集が関与していることは想像に難くない。抽出錯体溶液のつくる長距離秩序を理解することは、単に学術的な理解を深めるのみならず、当然、上記に挙げる現象を本質的に解決することにも繋がる。また、近年では、抽出試薬−酸−水分子が有機相中で形成するナノ会合構造がランタノイドや白金族金属イオンの分離に重要な役割を果たすことが報告されるなど、ナノ構造を利用する新しい抽出分離システムの研究開発が国外の研究機関を中心に注目されている。
このような背景のもと、我々は、PUREXプロセスの模擬抽出系(リン酸トリブチル(TBP)–オクタン/ジルコニウム(IV)–硝酸)において有機相中でつくられる溶液構造に注目した研究を進めてきた。プロセス自体は、1949年にLanhamとRunionによって確立されたウラン・プルトニウムの抽出分離方法として知られているが、その溶質によってつくられる会合・凝集など、長距離秩序については未だに明らかにされていなかった。これに対して我々は、中性子散乱法、放射光、計算機シミュレーションを用いることで、溶液中でつくられるナノ構造と各溶質間にはたらく分子間相互作用を明らかにする研究を進めてきた。その結果、PUREXでは抽出錯体(Zr(NO3)4(TBP)2)、TBP、水、硝酸分子の4成分が水素結合によりPrimary clusterを形成し、これらはファンデルワールス相互作用によってさらに集合したSuper clusterを形成することを明らかにした。Super clusterの粗大化は有機相のエントロピーを減少させるため、抽出溶液の相分離(第三相生成)を引き起こす前駆現象として捉えることができる。さらに、Primary clusterの凝縮によるSuper clusterの成長は状態方程式に従うことを示しており、第三相の生成は熱力学的に気−液相転移として一般化できることを明らかにした。本研究によって得られた知見は、第三相を生成しない抽出試薬の開発や分離システムの設計に反映されている。
本テーマに関連する一連の研究は、高エネルギー加速器研究機構、マンチェスター大学(英国)、アルゴンヌ国立研究所・オークリッジ国立研究所(米国)、マルクール分離化学研究所(仏国)との連携協力のもとに進められている。 Motokawa et al., ACS Central Science, 5, 85 – 96 (2019) (Highligted)
蛋白質のボソンビークの普遍性と構造との関係性の研究
蛋白質の柔らかさや固さは、環境に影響を受けるダイナミクスに反映される。蛋白質の低エネルギー振動スペクトルの特徴の一つである、ボソンピークは、低温や乾燥状態における蛋白質構造の固さの指標となる。この論文では、中性子非弾性散乱と分子シミュレーションによって、ボソンピークと体積についての水和,温度,圧力効果を調べた。水和,加圧,低温はボソンピークを高エネルギー側にシフトさせ、強度が小さくなり、またキャビティが小さくなった。しかし、このような効果は水和蛋白質にはあまり見られなかった。体積の減少は固さの増加を意味し、これがボソンピークシフトの起源である。ボソンピークはキャビティ体積で予測できる。この予測は、強い準弾性散乱のために実験的にはボソンピークが見分けられない場合に、非干渉性中性子散乱スペクトルにおける準弾性散乱の寄与を見積もるのに効果的である。 Nakagawa et al., Biophysical Journal, 117, 229 - 238 (2019).
非干渉性中性子散乱と分子シミュレーションで水和水ダイナミクスをどのように引き出せるか?
非干渉性中性子散乱はピコ~ナノ秒スケールの蛋白質ダイナミクスを調べる便利な実験手法のひとつである。この時間スケールでは、蛋白質ダイナミクスは水和と強くカップルしていて、動力学転移として観測される。非干渉性中性子散乱は水素原子の非干渉性散乱断面機が大きいため、水素原子のダイナミクスに敏感である。したがって、水和蛋白質の中性子非干渉性散乱は水和水を含めた蛋白質についての全体的なダイナミクスの情報を与える。水和水ダイナミクスを分離することは、水和に関連した蛋白質ダイナミクスを理解するために重要である。軽水・重水の交換は蛋白質と水和水のダイナミクスを分離して観測するための中性子非干渉性散乱実験において有効な方法である。中性子散乱はバンホッフ時空間相関関数と直接関係していて、分子シミュレーションによって定量的に計算できる。水和水の拡散と水素結合ダイナミクスは分子シミュレーションによって解析できる。動力学転移は水和によって生じるため、非干渉性中性子散乱データを解釈するためには、水和に関連したタンパク質ダイナミクスにおける動的なカップリングのメカニズムを解析するのに分子シミュレーションは便利である。本研究では、我々は非干渉性中性子散乱における軽水・重水の交換の手法としての利点と、蛋白質と水和水を研究するツールとして非干渉性中性子散乱と分子シミュレーションの互換性を示す。 Nakagawa and Kataoka, Biophysics and Physicobiology, 16, 213-219 (2019).
多層膜試料における複数の表面界面構造の決定を目指したスピンコントラスト変調中性子反射率測定法の開発
スピンコントラスト変調中性子反射率法を用いて高分子膜の測定を行った。ポリスチレン薄膜の測定においては核偏極に従って変化する反射率曲線は全て同一の構造因子を用いて綺麗に再現することができた。本結果は、スピン拡散機構によって表面や界面を含めて試料が均一に偏極していることを示したものであり、本手法から構造因子を高い信頼性をもって得られることを担保する結果となった。また、ミクロ相分離したブロック共重合体の測定では、核偏極によって特定の界面構造が選択的に得ることができることを示した。 Kumada et al., Journal of Applied Crystallography, 52, 1054 - 1060 (2019).
スウェットケミストリーのin situ定量分析を目的とした蛍光検出用マイクロ流路デバイスとスマートフォンイメージングシステムの開発
近年、汗に含まれる代謝産物やイオン等を用いたPoint of Careが高く注目されている。本研究では、それらのバイオマーカーを効果的にその場で検出することを目的として、ソフトで薄いウェアラブルマイクロ流路デバイスとスマートフォンを基盤とした蛍光イメージングシステムを開発した。精密に設計されたマイクロ流路は、皮膚から汗を時間シーケンス制御で集めることを可能にした。また、集められた汗から蛍光検出剤によって検出された塩化物,ナトリウム,亜鉛濃度をスマートフォンを基盤とした蛍光イメージングシステムで正確に定量分析することに成功した。このシステムを実際に試験したところ、正確に効率よく作動することを確認した。
中性子回折法による集合組織測定技術の開発
自動車や航空機等の輸送機器の軽量化には、機器を構成する構造材料の強度発現メカニズムやクリープ・疲労破壊メカニズムの解明が必要であり、そのカギを握る材料の結晶配向性、すなわち集合組織の定量評価が必要不可欠とされています。中性子回折による集合組織測定法は、中性子線の優れた透過能を活かすことで、金属材料のバルク平均の集合組織を測定することが可能であり、その測定結果をもってマクロな力学特性との関連性を議論することが可能になります。また、集合組織測定により得られる回折パターンを解析すれば、ひずみ(応力)や転位密度などのミクロ組織因子を同時に測定することもできます。応力・イメージング研究グループでは、J-PARC・MLFの工学材料回折装置TAKUMIを利用することで、分解能の高い集合組織測定を実現するとともに、残留応力の同時測定手法を確立しました。国際標準試料である石灰岩やマルテンサイト-オーステナイト複層鋼板の集合組織測定の結果、本測定技術を用いることで、複雑な集合組織を有する材料でも精度よく集合組織測定が可能であること、また、残留応力を同時に測定できることを実証しました。 Xu, et al., Journal of Applied Crystallography, 51, 146-160 (2018).
中性子回折法による鉄筋コンクリートの付着応力度測定技術
鉄筋とコンクリート間に働く付着力は、コンクリートに埋設された鉄筋のひずみ分布を測定することにより評価することができます。 これまでは、ひずみゲージを用いて測定されてきましたが、ひずみゲージ周りの付着劣化によって、正確な付着特性を評価することが困難とされてきました。 一方、中性子応力測定技術は、中性子線の回折現象を応用した応力・ひずみ測定技術であり、材料深部の応力・ひずみを非破壊・非接触で測定できる特長を有します。 応力・イメージング研究グループでは、世界で初めて鉄筋コンクリートの付着応力度評価に中性子回折法を応用し、普通強度コンクリートに埋設された鉄筋について、 十分な精度でひずみ分布測定が可能であることを実証するとともに,コンクリートのひび割れや鉄筋腐食に伴う付着劣化の評価、梁構造における曲げ付着挙動の評価を可能にしました。 最近では、あと施工アンカーの実用化に向けた研究開発にも中性子回折法の応用を進めています。 Suzuki, et al., Proc. the Concrete Structure Scenarios, JSMS, 17, 179-184, 2017. (in Japanese) [15] Suzuki, et al., Mater. Res. Proc., 2, 25-30, 2016. Suzuki, et al., JPS Conf. Proc., 8, 031006(6 pages), 2015. Suzuki, et al., Meas. Sci. and Technol., 25, 025602, 2014. Kusunoki, et al., 8CUEE CONFERENCE PROCEEDINGS, 701-705, 2011. Suzuki, et al., Powder Diffraction, 24, S68-S71, 2009.
放射光X線を用いたセメントナノ構造の変形挙動評価技術の開発
セメント硬化体は、水酸化カルシウム(CH)やモノサルフェート、カルシウムシリケート化合物(CSH)などの多くの水和生成物やセメント鉱物で構成され、その中でも全体の50%近くを占めるCSHはセメント硬化体の強度特性に支配的といえます。特に、CSHにおけるユニークなナノ構造は、コンクリートの強度発現、化学特性、物質浸透抵抗性、収縮特性、寸法安定性などに対して支配的であるため、コンクリートの巨視的な特性を理解するためには、セメント硬化体の変形挙動について分子レベルの評価が不可欠です。応力・イメージング研究グループでは、セメント硬化体の変形挙動評価に放射光X線による原子対相関関数(PDF)解析を応用し、セメントナノ構造のユニークな変形挙動の定量評価に世界で初めて成功しました。 Bae, et al., Journal of the American Ceramic Society, 101, 408-418,(2018). Suzuki et al., Adv. Mater, Sci. Eng., 8936084(6 pages) (2016).
ブロック共重合体の重合誘起ミクロ相分離を利用したフォトニック結晶の創成
フォトニック結晶は、サブミクロンスケールで光の屈折率が周期的に変化する構造体であり、その周期構造によって特定波長の光を透過もしくは反射することができます。これまで、フォトニック結晶はリソグラフィー・電子線加工や、粒径の揃った微粒子を整列させるなどの方法で作られてきましたが、いずれも高コストであり大量生産には向きません。そこで、あらたに異なる種類の高分子末端どうしが結合したブロック共重合体が、重合誘起ミクロ相分離により自発的に周期構造をつくることを利用した高分子フォトニック結晶の新しい作製方法を開発しました。
一般に、ミクロ相分離構造は、ブロック共重合体を溶かした溶液をゆっくりと乾燥させるキャスト法によってつくられてきました。ところが、フォトニック結晶に用いる分子量が非常に大きなブロック共重合体(約30万以上)では、高分子鎖どうしの強い絡み合いにより構造緩和が阻害され、周期性の高いミクロ相分離構造をつくらせることができません。これに対して、重合後のブロック共重合体ではなく、分子量がまだ小さい重合の初期段階でミクロ相分離を起こさせる重合誘起相分離法を考案しました。スチレンモノマー溶液中で、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)の反応活性末端からポリスチレン(PS)鎖を重合すると、反応生成物であるブロック共重合体(PMMA-block-PS)は、ある分子量を境に自発的にミクロ相分離を起こして周期構造を形成します。ミクロ相分離後もさらに重合を進行させると、ポリスチレン鎖の成長に合わせて周期間隔を拡げていきます。中性子小角散乱データのうち、重合開始45分付近に現れるこちらのピークがミクロ相分離によって現れた周期構造を示すもので、周期間隔の増大に合わせてそのピークが低波数側にシフトしている様子が分かります。右に重合中の試料の写真、およびその反射スペクトルを示します。重合開始45分で重合誘起相分離により構造色が突然現れ、その後周期間隔の増大に伴って青から緑を経て赤へ、つまり反射波長は徐々に増大しています。このように、本手法を用いることで、従来法では不可能であった可視光全域から赤外光に至る光を選択的に反射する高分子フォトニック結晶の作製に成功しました。 Motokawa et al., Macromolecules, 49, 6041 - 6049 (2016)
自己組織化物理架橋ナノゲルのナノ構造評価
コントラスト変調中性子小角散乱法を用いてコレステロール置換プルラン(CHP)が形成するナノゲルの内部微細構造の評価を行った。溶媒の重水分率の異なるCHPナノゲル水溶液の散乱強度を分離してCHPナノゲルを構成するプルラン、コレステロール、プルランーコレステロールのcross-termの部分散乱関数を求めて解析を行った。結果、プルラン鎖が形成するナノゲル骨格は半径8.1nmの大きさであった。また、CHPナノゲル内において、約3個のコレステロール分子から成る架橋点が19個形成され、フラクタル次元2.6で分布していることを明らかにした。また、架橋点と高分子鎖のcross-termを解析したところ、部分鎖の大きさは半径約1.7nmであった。以上の結果より、ナノゲルの内部微細構造を明らかにした。 Sekine et al., Journal of Physical Chemistry B, 120, 11996 – 12002 (2016).
ソーラーコリメータを用いた中性子小角散乱による減衰成分のイメージング
中性子透過率イメージからナノ構造の情報を抽出し、マッピング測定できる技術を開発した。中性子透過率には小角散乱による減衰成分が含まれているため、本研究では、試料と検出器の間にソーラーコリメータを設置することにより、これを定量的に測ることを可能にした。さらに、中性子透過率の波長依存性(スペクトル)の解析により、通常の小角散乱測定と同様の情報を得ることができる。粒径の異なるシリカ微粒子をこの技術を用いて測定した結果、粒径の違いを反映した中性子透過率スペクトルの違いを検出し、ナノ構造の情報をマッピングすることができた。 Oba et al., J. Phys. Soc. Jpn., 87, 094004/1-5 (2018).
自動即発γ線分析装置の開発
JRR-3ガイドホールに設置された即発γ線分析装置に6軸多関節ロボットを導入し、これを制御することで自動分析・制御システムを開発した。AutoPGAと名付けられた制御プログラムはLabVIEW2011で開発され、自動分析と自動制御がシステムで統合されている。最大14試料を自動で分析可能であり、従来の手動交換と比較して圧倒的な分析効率を達成するだけでなく、自動制御によってバックグラウンドの低下にも効力を発揮できた。 Osawa, J. Radioanal. Nucl. Chem., 303, 1141-1146 (2015).