核偏極試料と偏極中性子を用いた多成分複合材料の構造研究
階層構造研究グループ | |
氏名 | 熊田 高之、中部 倫太郎 |
---|---|
論文 | https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c01448 https://doi.org/10.1021/acs.jpcc.4c00963 |
中性子の水素核に対する散乱能はスピンの向きにより大きく異なる。我々はその性質を利用した構造解析手法「スピンコントラスト変調法」を用いて複合材料の構造研究を広く展開している。ここでは、最近行われた2つの研究を紹介する。
一つ目は、急冷糖溶液中に生成するナノ氷結晶の研究である。水は0℃以下に冷やすと一旦過冷却状態になり、その中で偶発的に生成した種結晶から氷結晶は一気に成長する。水を多く含む食品、医薬品、生体組織を冷凍保存する際には、凍結保護剤を添加して細胞膜や細胞小器官などが破壊されないように氷結晶の成長を食い止める必要がある。そのなかでも、糖は毒性の低い凍結保護剤の一つとして注目されている。そこで我々は、スピンコントラスト変調法を用いて糖による氷結晶成長の阻害メカニズムを調べた。Fig.1は、急速凍結したグルコース水溶液のスピンコントラスト変調中性子小角散乱(SCV-SANS)曲線である。中性子スピンに対する試料の水素核スピン方向に応じて散乱曲線は大きく変化した。この変化から、従来の測定ではアモルファス氷中の欠陥の散乱に隠れていた、2-3nm厚の板状ナノ氷結晶由来の散乱を抽出することに成功した。この板状ナノ氷晶は高濃度糖溶液中のみで観測されている。そのことから、グルコース分子は氷結晶の特定の結晶面に強く吸着することでその成長を妨げていることが示唆される。

二つ目として、スピンコントラスト変調中性子反射率法(SCV-NR)を用いた有機無機ハイブリッド材料の界面の研究について述べる。自動車用タイヤでは、ゴム材料中にシリカ微粒子を添加することによりグリップ性能、燃費性能、耐久性能を兼ね備えている。その鍵となるのが、シリカとゴムを結び付けるシランカップリング剤(SCA)である。SCAがシリカとゴムの界面においてそれぞれの相と結びつくことにより結合を橋渡し、界面における摩擦を減らし弾性を引き上げている。しかしながら、従来の測定法ではSCAによるゴムとシリカの結合を確認する手段がなかった。そこで、我々が開発したSCV-NRを用いてSCA層を調べてみた。
図2はシリコン基板上にポリブタジエンゴムとSCAをコートした2重膜のSCV-NR曲線である。解析から、ゴムとSCAの混合溶液をコートした同時コート試料では、30vol.%のポリブタジエンが絡みあったSCA層を作るのに対して、SCAとポリブタジエンを順次コートした試料では、SCA層にはポリブタジエンは全く浸透しておらず、後からコートしたポリブタジエン層は測定前に剥離していることがわかった。剥離の原因は、SCAとポリブタジエンの絡み合いが足らなかったためであることがわかった。
