TAS-1, TAS-2, LTAS三軸型中性子分光器

高いエネルギー分解能、波数分解能での中性子散乱実験

TAS-1 (Triple-Axis Spectrometer-1)
三軸型中性子分光器

TAS-2 (Triple-Axis Spectrometer-2)
高分解能三軸型中性子分光器

LTAS (Low Energy Triple-Axis Spectrometer)
冷中性子三軸中性子分光器

測定対象 : 酸化物高温超伝導体、磁性体、タンパク質など
測定試料例: 酸化物高温超伝導体やマルチフェロイック物質、トポロジカル物質などの強相関電子系物質における結晶構造や磁気構造、磁気励起や格子振動、高性能磁石材料における結晶構造や磁気構造、生体物質や食品等におけるタンパク質の分子運動など。

概要

JRR-3にはTAS-1、TAS-2、LTASの異なる特性をもった3台の三軸型中性子分光器が設置されています。三軸型中性子分光器は、単結晶試料や多結晶試料について、その結晶構造やスピン構造を決定する弾性散乱実験、格子振動やスピン波(物質内の原子が持つ微小な磁石の振動が波の様に伝わって行く現象)といった物質内部の励起現象を観測する非弾性散乱実験など、主に基礎物性研究のために用いられています。これらの3台の装置を協奏的に利用することで、幅広い波数-エネルギー領域を網羅した特徴ある研究が展開されています。

TAS-1は、JRR-3炉室の2Gビームポートに設置された熱中性子三軸型分光器です。TAS-1の最も大きな特徴は、高強度、高エネルギー(短波長)に加え、偏極中性子実験のための豊富なオプションを備えていることです。中でも、中性子のスピン状態を3次元的に制御・検出出来るCRYOPADを装備していることが世界的にも大きな特徴となっています。偏極中性子の特徴を活かして、原子が持つ磁石の性質であるスピンの構造(磁気構造)および運動(時間で揺らぐ様子)、特に最近の磁性材料の鍵となっている、掌性(右巻き、左巻き)を含む複雑な磁気構造を解明することに優れています。これに磁場、電場、高圧力を組み合わせることで、極限試料環境での物質の状態を調べることが可能です。

TAS-2は、JRR-3ガイドホールのT2熱中性子導管の末端に設置された熱中性子三軸型分光器です。TAS-2の特徴として、非磁性のモノクロメータ生体遮蔽シールドを装備し、試料回転駆動のためのモータとして磁場の影響を受けない超音波モータを採用していることです。また、縦20 cmの中性子導管から得られる巨大なサイズの中性子ビームを縦ベント集光モノクロメータで試料位置に集光することにより、炉室内の装置に匹敵する中性子ビーム強度を誇ります。さらにT2導管末端の装置であるため、装置周りのスペースに比較的余裕があります。従って、TAS-2は、大型の試料環境機器が必要であり、測定対象試料のサイズも小さいものに限られるなど、極低温や強磁場、強電場、超高圧など極限試料環境下での実験に適しています。強相関電子系化合物と呼ばれる物質群を極限試料環境下に置く事で、この物質群が持つ隠れた機能を引き出す事が出来ます。基礎物性研究として重要なだけでなく、将来的に有用な機能性材料の創成にも繋がるため、TAS-2では、極限試料環境下中性子散乱実験を推進しています。

LTASは、JRR-3ガイドホールのC2冷中性子導管の最上流に設置された冷中性子三軸型光器です。LTASの特徴として、波長の長い冷中性子を用いるため、約0.1 meVという高いエネルギー分解能による中性子非弾性散乱実験を得意とすることです。熱中性子分光器と比較して、低い波数領域を高い波数分解能で測定することも可能です。また、独立回転可能な9枚のPG結晶ブレードで構成された大型アナライザ一機構を採用しているため、高効率な非弾性散乱測定も可能です。これらの特色を活かし、強相関電子系化合物の低エネルギー励起現象の観測やスピン構造の決定、タンパク質などの生体関連物質の分子運動を調べる研究など、主に基礎物性研究の分野において幅広く利用されています。また、分光器の主な構造物は非磁性化されているため、TAS-2同様、極限試料環境下での測定も可能です。

なお、TAS-1、TAS-2、LTASの3台の三軸型中性子分光器は核燃使用装置として認可されているため、U化合物など核燃試料の測定が可能なことも特徴です。

装置詳細

TAS-1

中性子源 重水タンク(炉心周囲減速材)
モノクロメーター部 (i)非偏極用PG結晶(002)面
(ii)偏極用ホイスラー合金(111)面
エネルギー範囲:8 ~ 100 meV
試料部 散乱角 -10˚ ~ 110˚
アナライザー部 (i)非偏極用PG結晶(002)面
(ii)偏極用ホイスラー合金(111)面
エネルギー範囲:5 ~ 80 meV
検出器 0次元3Heガス比例計数管(2 inch)
コリメーター 第1:20’, 40’, open
第2:20’, 40’, 80’, open
第3:20’, 40’, 80’, open
第4:20’, 40’, 80’, open
フィルター PGフィルター(室温)、サファイア(室温)

TAS-2

中性子源 重水タンク(炉心周囲減速材)
モノクロメーター部 PG結晶(002)面
H 15 mm × W 120 mm、10枚及び
H 20 mm × W 120 mm、2枚
(ビームサイズ H 200 mm × W 20 mm)
散乱角度範囲:約26° ~ 100°
エネルギー範囲:約3 ~ 36 meV
集光方式:縦ベント型
試料部 散乱角度:約-5°~120°
アナライザー部 PG結晶(002)面
H 15 mm × W 75 mm、8枚
集光方式:縦ベント型
検出器 0次元3Heガス比例計数管(2 inch)
コリメーター T2導管(2Qcスーパーミラー)より下流の水平発散角
第1:10’, open
第2:10’, 20’, 40’, 80’, open
第3:10’, 20’, 40’, 80’, open
第4:10’, 20’, 40’, 80’, open
フィルター PGフィルター(室温)

LTAS

中性子源 冷中性子源(液体水素モデレーター 20 K)
モノクロメーター部 PG結晶(002)面
エネルギー範囲:2 ~ 10 meV
集光方式:縦ベント型
試料部 -5° ~ 115°
アナライザー部 PG結晶(002)面
(9ブレード独立回転による横集光,縦ベント固定)
散乱角度範囲:80° ~ 110°
エネルギー範囲:2.5 ~ 4.8 meV
集光方式:9ブレード独立回転による横集光型
(縦ベント固定)
検出器 0次元3Heガス比例計数管(2 inch)
コリメーター 第1:guide
第2:40’, 80’, blank
第3:40’, 80’, radial collimator
第4:open
フィルター Beフィルター(低温)
BeO(室温)

試料環境

三軸分光器共通試料環境機器

  • 無冷媒型試料環境可変システム

    (a)超伝導マグネット(縦磁場対称時10T/非対称時8.4T、試料空間φ50 mm、試料温度1.6 K ~ 375 K、試料インサート回転および上下機構付き)

    (b)トップロード式冷凍機(試料空間φ50 mm、試料温度1.6 K ~ 375 K、試料インサート回転および上下機構付き)

    (c)3Heインサート(シングルショット型、最低試料温度0.3、保持時間~6日間、試料空間φ35 mm)

    • 無冷媒式超伝導マグネット

      縦磁場(対称)10 T、
      試料空間(室温)φ50 mm※低温実験の場合は、専用4K冷凍機と組み合わせて使用

    • オレンジクライオスタット

      試料温度1.4K ~ 室温、試料空間φ100 mm(マキシ型)およびφ70 mm(標準型)

    • 無冷媒シングルショット型3He冷凍機

      最低試料温度0.3 K、保持時間 > 50時間

    • 4 KGM冷凍機

      試料温度3 K ~ 室温

    • 800 K Displex

      試料温度3 K ~ 800 K

  • (a)MacWhanセル

    (b)ハイブリッド
    アンビルセル

    (c)定荷重インサート

    静水圧セル

    一軸加圧セル

    • 高圧力発生装置

    • (a)MacWhanセル(最大圧力3 GPa、試料空間φ5 mm × 5 mm)

    • (b)ハイブリッドアンビルセル(最大圧力7 GPa(サファイアアンビル使用時)、10 GPa(SiCアンビル使用時)、試料空間φ1 mm × 0.3 mm)

    • (c)定荷重インサート(最大荷重2トン)+静水圧セル(最大圧力1.5 GPa、試料空間φ3 mm)および一軸加圧セル ※オレンジクライオスタット(標準型)と組み合わせて使用

測定例

  • TAS-1

    図1 に示したのは、Fe16N2を主成分とするFe-N 磁性微粒子に対する偏極中性子回折実験の結果です。試料の直径はラミネートを含む約20nmの球状微粒子で、10kOe の外部磁場を加えて磁化を飽和させ測定を行いました。結晶構造,磁気構造を反映するBragg散乱ピークが観測されており、中性子スピンが磁化と平行 (I+)か反平行 (I-)によって強度比(反転比)が異なることがわかります。試料が強磁性成分を持つと、I+とI-に差が見られるのが偏極中性子回折法の1つの特徴で、非偏極中性子を用いた場合に比べて物質の磁気構造をより詳細に調べることができます。これらの強度比を解析することにより、Fe16N2の持つ磁気モーメントは純鉄とほぼ同じ大きさ (2.2μB)であり、40年にわたり、Fe16N2薄膜試料で論争となっていた巨大磁気モーメントは微粒子の状態では存在しないこと、粒径の減少による磁気モーメントの減少はないことなどが明らかにされました。

    図1 Fe-N磁性微粒子の偏極中性子回折パターン
  • TAS-2

    図1は、TAS-2においてヘリウムフリー型10T超伝導マグネットを利用して実験を行っている様子を示したものです。図2は、La1.976Sr0.024CuO4のスピングラス相における磁気弾性散乱ピークの磁場依存性を測定した結果です。外部磁場の増加と共に、磁気シグナルが次第に減少することがわかります。これはDzyaloshinskii-Moriya非対称性相互作用による磁気構造の変化が原因であると考えられています。 (M. Matsuda et al., Phys. Rev. B66, 174508 (2002).) 図3は、擬一次元磁性体Ca2Y2Cu5O10におけるスピン波励起の測定例です。温度の上昇とともに励起のソフト化と励起幅の増大が見られます。 (M. Matsuda et al., Phys. Rev. B71, 104414 (2005).)

    図1 無冷媒式10T超伝導マグネットを搭載したTAS-2
    図2 La1.976Sr0.024CuO4の磁気弾性散乱ピークの磁場依存性
    図3 Ca2Y2Cu5O10におけるスピン波励起の温度依存性
  • LTAS

    プラセオジム (Pr)系初の重い電子系超伝導体である充填スクッテルダイトPrOs4Sb12について、LTASで10Tかつ300mK以下の極限環境下での中性子散乱実験を行いました。高エネルギー分解能の非弾性散乱実験において、0.7meV付近に存在する結晶場励起の観測に成功し、基底状態が非磁性一重項であることを見出しました。さらに第一励起状態が磁場の印加に伴って分裂し、これにより新たに弱い反強磁性磁気反射が誘起されることを明らかにしました。磁気反射強度の解析から、通常は磁場に対して垂直方向がエネルギー的に安定な誘起反強磁性モーメントが、磁場に平行な方向を向いていることが判りました。この起源として、磁場誘起相の秩序変数が磁気的なものでなく、Oxy型の電気四極子モーメントであることが明らかになりました。これらの結果は、PrOs4Sb12の超伝導発現機構において、従来の磁気揺らぎとは異なる電気的な四極子が重要な役割を担っていることを示しています。

    (N. Metoki, K. Kaneko et al., J. Magn. Magn. Mater. 2004; K. Kaneko et al., Physica B: Condensed Matter, 2006.)

関連資料

装置利用や課題申請について